玄関の前で、5分立ち止まった日 ― ある「架空の」利用者さんの3ヶ月 - 福岡県・熊本県の障がい者就労移行支援事業所 ティオ大牟田築町・ティオくまもと新市街

玄関の前で、5分立ち止まった日 ― ある「架空の」利用者さんの3ヶ月

※このお話は、実在の方ではなく、見学や体験でよくいただくご相談をもとに書いた、架空のストーリーです。

プロローグ:月曜の朝、ビルの前で

月曜日、午前9時50分。

Aさんは、ビルの入口の前で足を止めていた。手には、スマートフォン。画面には、昨日の夜に何度も見返した、見学の予約メールが表示されている。

(今日、やめておこうかな)

そう思ったのは、もう三回目だった。

「あ、見学の方ですか?」

不意に声をかけられて、Aさんは肩をびくりとさせた。振り返ると、スタッフが、少しだけ離れたところで微笑んでいる。

「ゆっくりで大丈夫ですよ。ここで、少し待ちましょうか」

その言葉で、Aさんの肩から、ほんの少し力が抜けた。

これは、そんな朝から始まる、三ヶ月のお話です。

第1幕:「今日は見るだけ」でいい日

見学の日、Aさんが一番緊張していたのは、「何か話さなければいけない」ことだった。

ところが、部屋に入ってからの30分は、思っていたものと違った。

「今日は、見るだけで大丈夫です。気になったところだけ、教えてください」

訓練の様子を、少し離れた席から眺める。パソコンに向かう人、ワークシートに書き込む人、スタッフと小声で話す人。誰も、Aさんをじろじろ見ない。

帰り際、Aさんは一つだけ質問した。

「朝、起きられない日は、どうなりますか」

スタッフは、少しも驚かなかった。

「お休みの日があっても、大丈夫です。通える日に、振替で来ていただく方法もありますよ。最初は、週に何日から始めたいですか?」

「……週2日、でもいいですか」

「もちろんです。そこから、一緒に決めましょう」

Aさんは、帰りの電車で、初めて窓の外をちゃんと見た気がした。

第2幕:最初の2週間は、とにかく「通う」だけ

利用が始まって、最初の目標は、驚くほど地味だった。

「まず、通うことに慣れましょう」

パソコン訓練も、ビジネスマナーも、急がない。まずは、決まった時間に事業所に来て、挨拶をして、席につく。それだけで、立派な一日の成果として扱われた。

三日目、Aさんは緊張で何も手につかなかった。スタッフは、そっと隣に来て、小さな声で言った。

「今日は、座っているだけで花丸です」

冗談みたいな言葉だったけれど、Aさんは、少しだけ笑ってしまった。笑えた自分に、ちょっと驚いた。

こうして、一日、また一日。週2日が、いつの間にか週3日になっていた。

第3幕:「うまくいかない日」の使い方

一ヶ月が過ぎた頃、Aさんに、大きな波が来た。

三日続けて、体が重くて起きられなかった。連絡を入れるのも、気が重い。

(もう、続かないのかもしれない)

そう思いながら、おそるおそる電話をかけた。

「Aさん、連絡ありがとうございます。しんどい中、電話してくれたんですね」

責められる言葉は、一つもなかった。

「体調が落ち着いたら、短い時間からでも来ませんか。2時間だけでも、振替の形で大丈夫ですよ」

次の週、Aさんは、2時間だけ事業所に顔を出した。何かを達成したわけではない。でも、スタッフに、こう言われた。

「今日、来られたこと自体が、とても大きな一歩です。どんなことが、しんどかったか、よければ聞かせてください」

話しているうちに、Aさんは気づいた。しんどさの正体は、「朝の準備の段取り」にあるらしい、ということに。

うまくいかなかった日は、実は、自分のことを知るための材料になる。Aさんは、そのことを、少しずつ理解し始めていた。

幕間:スタッフは、ここを見ています

少しだけ、物語を止めて、スタッフ側の目線をお話しします。

利用者の皆さんが過ごす訓練スペースで、私たちが日々、何気なく見ているものがあります。

  • いつもより、表情が硬くなっていないか
  • 声のトーンが、普段より小さくなっていないか
  • 手が止まっている時間が、長くなっていないか
  • 顔色や、目の様子に、変化はないか

スタッフは、離れた事務スペースから見守るのではなく、利用者の皆さんと同じ空間で、同じ時間を過ごしています。近くにいるからこそ、「あれ、今日は少し疲れているかな」という小さな変化に、早く気づくことができます。

気づいたら、すぐに大きなことをするわけではありません。「調子はいかがですか」と、ひと声かける。それだけで、状況が変わることも、少なくないのです。

Aさんが、三日続けて休んだあとの電話で、責められなかったのも、こうした日頃の見守りがあったからです。

第4幕:「やってみたい」が、顔を出す

二ヶ月目、Aさんの様子が、少し変わってきた。

訓練の合間に、スタッフが何気なく言った。

「こんな資格もありますよ」

Aさんは、いつもなら聞き流していたその言葉に、足を止めた。

「それって、どのくらい勉強すれば取れるんですか」

自分から質問したのは、ここへ来て初めてだった。

次の週には、職場の見学の話も出た。まずは、見るだけ。働いている人の様子を、少し離れた場所から眺めるだけ。

「怖くなったら、いつでも言ってくださいね」

その言葉があるから、Aさんは「やってみたい」と言えた。

安心して「やめてもいい」と言える場所だからこそ、人は、「やってみたい」と言えるようになる。

第5幕:三ヶ月目の、月曜日

あの日、ビルの前で立ち止まったAさんは、もういない。

三ヶ月目の月曜日、Aさんは、いつもの時間に、いつもの席に座っていた。調子の悪い日もある。それでも、「そういう日もある」と、自分で言えるようになっていた。

ふと、初日のことを思い出す。

(あの日、入口まで来て、本当によかった)

あのとき、スタッフが「ここで、少し待ちましょうか」と言ってくれなかったら、どうだっただろう。

その日の帰り道、Aさんは、立ち止まらずに駅まで歩いた。

後日談:Aさんが「意外だった」と話したこと

三ヶ月が過ぎた頃、Aさんは、こんなふうに振り返っていた。

「意外だったことが、三つあります」

一つ目は、思っていたより、静かだったこと。 賑やかで、みんなが話し続けている場所を想像していたけれど、実際は、それぞれが自分の席で、自分のペースで過ごしていた。

二つ目は、みんな、それぞれ違う課題に取り組んでいたこと。 隣の人と同じことをしなければいけない、と思っていたのに、パソコンをしている人、資格の勉強をしている人、就職活動の準備をしている人と、本当にばらばらだった。

三つ目は、「相談」が、思っていたより軽かったこと。 改まって席を設けなくても、通りがかりに「ちょっといいですか」と声をかけるだけで、話を聞いてもらえた。

「一番怖かったのは、『よく知らない場所』だっただけなんだなと思います」

そう言って、Aさんは笑った。

お話のあとに:新市街が大切にしていること

このストーリーは架空ですが、ここに描いた場面の一つひとつには、新市街が日々大切にしている考え方を込めています。

  • はじめは「通うだけ」で十分です。 通所日数や時間は、体調に合わせて、一緒に決めていきます。
  • お休みの日があっても、そこで終わりではありません。 振替利用や、短い時間からの再開など、続けるための形を、一緒に考えます。
  • うまくいかなかった日も、大切な材料です。 何がしんどかったのかを一緒に振り返ることで、自分に合った工夫が見えてきます。
  • 「やってみたい」は、安心の先に生まれます。 職場見学や実習も、見るだけの段階から、一歩ずつ進められます。

あなたの「最初の5分」を、待っています

もし今、あなたが、ビルの前で足を止めてしまいそうな気持ちでいるなら。

その気持ちは、おかしなものではありません。多くの方が、同じ場所で立ち止まります。

新市街では、見学のお申し込みの前の、「ちょっとだけ聞いてみたい」というご相談も歓迎しています。電話でも、メールでも、かまいません。

見学は、「見るだけ」でも構いません。お話しするかどうかも、その日の気分で決めて大丈夫です。ご家族や支援者の方と一緒に来ていただくこともできますし、行ってみて「少し違うかな」と感じたなら、それも大切な発見です。

最初の一歩は、小さくていい。あなたのペースを、私たちは、待っています。

ティオくまもと新市街では様々なサービスを通じて、身体障害・知的障害・精神障害(統合失調症・発達障害・自閉症スペクトラム・てんかん・ADHD・うつ病・双極性障害(躁うつ病)・パニック障害・適応障害・社会不安障害・強迫性障害等)をお持ちの方の【働きたい!!】【就職したい!!】という夢を叶えるお手伝いをさせていただいております。
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